■イタコの発祥
民俗学や宗教学の考察対象とはなっているものの、じつはイタコの歴史的発祥は定かではありません。元々が東北地方を中心に発生した土俗信仰であるため、その祭事などに関わった当事者たちの文字記録(古文書)などが残されていないのです。ただしその語源を考えると、イタコとは元々何を指す言葉であったのかが朧気ながらに分かってまいります。

イタコとは斎王(いつきのみこ)から転じた呼称であるとも言われています。斎(いつき)→市子(いちこ、イタコと同じく霊媒の意)→イタコへと転訛していったという説です。
斎とは家屋における最奥の部屋、すなわち神を祀る神聖な場所という意味です。そうした場所には必ず神様に奉仕する巫女の存在があり、とくに伊 この斎王になれるのは、未婚の内親王(天皇家の皇女)とその娘のみと決められていました。彼女たちはその高貴な血筋ゆえに神と人間の取り次ぎ役、つまり神様の妻として選ばれ、年ごとの神祭を主催し、一生を純潔のままで過ごしたのです。この斎王の制度は鎌倉時代まで続きましたが、やがて時代の流れとともに巫女(女性シャーマン)の信仰は民衆の中にも深く浸透していきました。

中世になると神楽や踊りなどの娯楽を提供しながら、日本各地の祭を流れ歩く「渡り巫女」と言われる者たちが現れました。彼女たちは巫女舞いと言われる踊りを舞いながら自らトランス状態に陥り、行く先々の人々に神の宣託を降ろしたとも伝えられています。おそらくはこうした「渡り巫女」の一部が東北地方にも流れ着き、オシラサマと呼ばれる土着の祖先信仰と結びついて、イタコという独自のシャーマン文化を醸成していったのではないかと推測できます。


→女性たちの哀しみによって紡ぎ上げられた霊媒術

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